まずはFX(ドル円)を選ぶ

トレーダー・経営者向けのブログ

 当ブログは将来、FX(ドル円)で生活していきたい方向けに売買の手法を書いています。また経営者向けに店舗をGoogle化するためのノウハウを記載しており、日本全体の生産性向上に貢献することを目的としています。

1.経営者にとっての末端の仕事

 ビジネスをしている人はよくご存知だと思いますが、多く方は付加価値の低い仕事は外注、もしくは雇用している社員にやらせるのが基本とされています。もし仮に借入、もしくは出資でいくらでも資金調達ができて、言われた仕事は全て遂行できる社員がいるような組織があったら経営者はいったい何をすべきなのでしょうか??

2.世の中にどんなリソースがあるのかを知ることが必要

 仮にそういった組織があったとすれば、経営者は世の中にどのようなリソースがあるかを知ることが主な仕事になりそうです。例えばキーエンスやKivaのようなセンサーやロボティクス技術の優れた会社にどのような商品あるのかを知ることはその第一歩と言えるのではないでしょうか?世の中のどの技術を自社のどの部分に当てはめれば、業績に寄与するかがある程度イメージできることが大切です。人工知能などもそうですが、「何に役立つものなのか?」が分からない限り、今まで通りの組織運営しかできないからです。そういった意味では世の中にある会社が扱っている商品について詳しくなることも1つの方法ではないでしょうか?

3.どこに当てはめると良いかを知るために末端の仕事を知る

 そうなると当然、「何を当てはめると良いか?」を知っていても、「どこに当てはめると良いか?」を知らなければ役に立ちません。そのために末端の仕事を知る必要があるのです。末端の仕事を知れば知るほど、具体的なイメージが湧いてくるものです。経営者が末端の仕事に興味がなくなれば、なくなるほど組織の業務改善はストップするという意味でもあります。本来はそのような情報収集も含めて末端の社員が自分たちで考え、当てはめてくれることが理想ではありますが、これを実現するために圧倒的な時間の余裕と潤沢な予算権限を与える必要があります(限られた時間と予算で実現するのが仕事だというのは全くその通りなのですが、この要素は与えれば与えるほど成果は比例すると考えています)。もし現在、経営している組織が自走する段階まで昇華されていないと感じている方は参考にされてみてはいかがでしょうか?

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1.これからのスキル

 今日はこれからのスキル教育について書いてみたいと思います。私は将来社会人の基本スキルがExcelからPythonに置き換わるのではないかと考えています。理由はプログラミングが異常に流行ったことで、そういったIT人材しかできないと思われていた常識が覆ったこと、これからの世の中は仕事を行うことよりも置き換えることが中心になるため、その意味でもExcelのVBAよりも機械学習などできることが多いことが挙げられます。PythonはGoogleでも社員の標準言語として採用されており、IT企業からも一定の支持を受けていることが分かります。

2.ExcelをPythonに置き換えるとどんなことができるのか?

 ではExcelをPythonに置き換えるとどんなことができるのでしょうか?例えばデータの分析ツールがたくさん揃っていることが挙げられます。Execlにもたくさんの分析ツールが揃っていますが、それよりも更にたくさん揃っているイメージです。そのツールは機械学習などの未来予測に使えるものから、Excelのような表計算、外部のツールと連携できる選択肢も多様です。例えば並び替えの処理一つとっても、Excelはフィルタをかけて行を並び替えることしかできませんが、Pythonであれば列も同時に並び替えることが可能です。またExcelであれば行は1,048,576まで、列は16,384までに限られますが、PythonはColaboratoryの有料版を使えばPCの性能に関わらず、ほぼ無限に大きなデータを扱えます。

3.Pythonに置き換える意味

 もちろん万人に習得をお勧めするスキルかといえばそうではありません。仕事では体を使うことが主な人や、感覚が最も重要視されるような職業の方であれば、その習得時間を本業の勉強に充てたほうが良いかもしれません。しかし経理のような数字を扱う職業や、物書きを中心とする文字列を扱うことが中心の人にもお勧めできるスキルです。その理由は言葉を扱う処理能力が飛躍的に向上したため、大量の文章を要約したり、外国語に翻訳したり、取材してライター業を行う人などはかなりの部分を代替できるかもしれません。

4.どのような学び方が良いか?

 では具体的な学び方はですが、基本的にプログラミング言語はインターネット上に無料で情報が公開されているので、それを調べて学べば良いと思います。ただ最初は大きな概念を分かってない状況だとエラーが発生するたびに1日、2日と足踏みする時間が長くなりがちなのでAidemyや書籍などで基礎だけ学んでおくと足踏みなくスムーズにいくと思います。
 このように社員のスキル教育をPythonに置き換えることで、業務効率を極めて高くできるかと思います。特に今自分がやっている仕事が売上に貢献しているかどうか、不透明な仕事であればあるほど、色々な項目を設定して売上に対する寄与度を確認できるので、結果に繋がりやすいかと思います。

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1.都会と田舎の人材の偏重

 今日は人材の偏重について考えてみたいと思う。今回の記事は社会全体の人材の偏重を意識しながら自分のいる環境を再考することで、今の自分が持ちうる知識のレベルを把握しようという試みである。では都会と田舎を比較しながら考えてみたいと思う。
 まず選別という側面において田舎に比べ都会は早い段階から受験による選別を受ける。早い人は小学校か中学校でアッパー層と大衆層が別れてしまう。一方、田舎においては大学入学まではそれほど選別は行われず、ごく限られた人たちが高校入試を受けるという感覚である。つまり都会においては大衆層の中学や高校に進んでしまった時点で、なかなかアッパー層の人達と接する機会そのものを失ってしまうというデメリットがあると考えている。これは社会において大きな問題である。なぜこういった考えを持つのか軽くイメージしてみる。
 例えば周囲の人が変われば、自分自身の評価のされ方も変わってくる。例えば早慶のいずれかの大学に入学して、出身校の同窓会へ参加した場合、「早慶行ったの??すごいね!」と言われるような環境なのか、「受験失敗したの?もう一年浪人して頑張ればいいじゃん。」と言われる環境とでは、同じ努力をするのでも人生の満足度には雲泥の差が生まれる。
 もちろん、勉強が得意な人がいてもいいし、苦手な人がいてもいい。しかしあまり勉強と距離を置きすぎると思いがけない弊害が訪れる。

2.勉強が苦手な生徒は、あえて知識労働者を目指すべきではない??

 ここで一つの意見として生まれるのが、「勉強が苦手な生徒はあえて知識労働者を目指す必要はなく、肉体労働やデザイン性の高い分野へコマを進めるのが良いのではないか?」というものだろう。確かにあえて得意でないことに時間を費やすことは得策ではないし、生活が成り立つようならそういった選択もありだとは思う。しかし勉強の一切から身を引くと物事を本を読んで調べるという習慣が欠落する。これは思いの他人生の選択の致命傷となる方向へと誘う。

3.人生の進路を直感で決めることは…。最悪である。

 あくまで私の感覚ではあるものの、勉強から距離を置くと自分の進路を直感で決める人が多くなるように思う。例えば「なんかこの職場は楽しそう。」とか、「社長のスピーチに感動した。」とか、「雰囲気的に働きやすそう。」などである。直感の全てを否定する訳ではないが、このような判断軸はとにかく危険である。当たり前ではあるが、社会はディズニーランドのような夢と希望が溢れた場所だけではない。悪意のある者、悪意はないがビジネスとして割り切って外見を綺麗に作っている者など様々である。「相手に対して誤解を生じせしめる」状況を作り出すことに、抵抗のない人はたくさんいるのだ。当然、自分の感じた直感通りの世界が広がっているとは限らない。やはりある程度「調べる」ということは必要なのだ。「錯覚資産」という言葉が出てきた昨今、売る側はある程度風呂敷を広げることに理解がある社会になった反面、消費者側にとってはよりリテラシーを要求される世の中になったとも言える。

4.理想と現実のギャップ

 もちろん、理想を言えば様々な分野で得意な人達が集まり、互いに尊重しあって、情報交換する場があれば、イノベーションも生まれやすいし、社会にとっても良いことだろう。しかし実際に混ぜてみると、やはり衝突が起きやすいのが実情だろうと思う。お互いの価値観がそもそも違うことが(勉強ができるということが人を判断する上での主軸的価値観)、どちらか一方を居心地が悪いと感じさせる。その証拠に同じ学校内であれば、学力に差がある生徒はコースやキャンパスを分けたり、法人であればそれぞれ別法人を作って運営していたりする。歴史の長い学校や企業ほどこのような運営を行っているところを見ると何らかの最適解なのだろう。
 本を読んで物事を調べることが億劫だと感じる人が、いい情報にアクセスにしようと考えた場合に一番最初に起こす行動として「人に聞く」というものがある。しかしその分野の専門家も時には間違う。そんな時、その人の意見を全面的に信じて行動に移していくことは非常に危険である。必ず自分でも書籍に当たるなどしないと思わぬ勘違いをしてしまうことになる。ましてや相手が悪意のある者であった場合は最悪である。この「自分で裏を取る」という行為が人生を良くする上で最も大切なスキルなのではないかと最近思う。もし自分がいわゆる大衆層に属しているのなら、その集団から聞く知識はいっそう正確性を欠いたものになることは想像に難くない。その辺りを意識して、裏を取る習慣を身に付けていけば、どんな階層に属していようともより良い生活を送ることができるようになるのではないかと考えている。

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