まずはFX(ドル円)を選ぶ

トレーダー・経営者向けのブログ

 当ブログは将来、FX(ドル円)で生活していきたい方向けに売買の手法を書いています。また経営者向けに店舗をGoogle化するためのノウハウを記載しており、日本全体の生産性向上に貢献することを目的としています。

1.創業メンバー、社員は全員辞める

 今日は高い給与を支給することについて取り上げたいと思います。給与と一口に言っても、歩合給であったり、固定給であったり種類は様々あるのですが、ここでは固定給について考えたいと思います。一般的に創業時のメンバーや社員はいずれ全員辞めてしまうと言われます。それでも創業時から高い給与を支払う必要はあるのでしょうか?

2.社員側から見た給与

 まず社員にとっての給与です。一般に社員にとっての給与は高い方が良いと考えて、就職活動をされる方が多いかと思います。もちろん「学ぶために働く」という方もいらっしゃる方とは思いますが、「じゃあボランティアで来てよ。」と言われれば、なかなかYesとは言い難いでしょう。一部、オンラインサロンで会費を払って働くような価値観も生まれてきてこの限りではないのかも知れませんが、一般的な価値観ではないでしょう。会社によっては労働組合があったり、外部の団体に属していたりすることで、交渉される方もいるかも知れません。社員側は給与を上げてくれれば、家事や育児を外注することもできるし、自己啓発にも費用が割けるので結果的に仕事にもプラスの影響があり、会社の業績も伸びると考えています。

3.経営者側から見た給与

 次に経営者側から見た給与です。経営者にとって給与という固定費は最も重たい経費の一つです。この経費を高く設定するということは簡単に会社が傾くということを意味します。一般に経営者が給与を高くするインセンティブは「取りたい人材が取れない」時のみ発生します。新しいサービスを開発するための根幹となるブレーンがいないとか、極めて販売力のある社員がいるなどある程度目的があって、上げる場合がほとんどです。一般に経営者は社員の給与を上げることにメリットを感じていない場合がほとんどです。仮に給与を2倍に引き上げたからと言って、翌日から継続して2倍の売上を達成し続けてくれるわけではないことが分かっているからです。もちろん経営者の方にも給与が高い方が良いと考える経営者もいれば、低い方が良いと考える経営者もいます。

4.最初に高い給与を設定できなければ、業績が伸びても高い給与を支給することはできない。

 仮に給与を上げてやりたいと思っている経営者も一定数いらっしゃったとしても、結果的に上げることができないジレンマが存在します。日本の税制は規模が大きくなるほど、社員数が伸びれば伸びるほど、税負担率が上がるような仕組みになっています。そのため経営者側が「会社が大きくなったら必ず、給与を上げてやるから。」という思いを持っていたとしても、これらの負担額が比例して増えていくため、年間の予算や目標をクリアすることはできなくなってきます。もちろんそれらを度外視して強行的に上げるという方法もなくはないですが、組織化が進んでしまうとそういったリーダーシップは取れなくなるのが通常です。当然、仕入れや設備の購入などには規模経済が働き、ある程度原価や費用の低減は見られるものの、将来的な負担率の上昇の方がバイアスとして強く働きます。基本的に給与の高い低いはその企業の業種、高付加価値のビジネスモデル、経営者の能力、国全体の経済力などに依存します。

 一般的に企業規模が大きくなればなるほど、高度な知識を持った人材(少人数)を高待遇で受け入れた方が、経営効率が高くなる場合が多いので、ベストな選択としては、その時々で必要になった人材にだけ高額の給与を支払い、そのノウハウを組織全体に実装することで十分ペイできるというのが最も効率的なようにも思えます(ノウハウによる費用低減は売上の逓増よりも継続して機能することが多いため)。社員全員に高額給与を支給できるのならそれがベストですが、これは経営として最も難易度の高い選択であり、経営者側は常にお尻に火がついた状態で、毎日、毎日頭を捻る必要があり、恐らく気が休まる時ないでしょう。しかしながらそういった経営者は周囲からノウハウ提供などのサポートを受けやすくなるという側面があり、結果として好循環が生まれる場合もあるようです。

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1.自分の経験から学んだことを一般化しがち

 「自分の経験を一般化すること」について考えてみたいと思います。近年、社会的潮流として起業することが流行っています。それに伴い様々なメディアで「〇〇するやつは失敗する」とか、「ビジネスを成功させる三原則」といった成功法則が注目を集めるようになりました。私もそういった動画が好きでよく見たりするのですが、それはあくまでエンターテイメントの一種として見るのであって、そこで得た教訓を血肉にしたいと思って見ている訳ではありません。なぜなら人の人生というのは1人、1人違うのであり、極論をするれば、世界の人口が78億人いるとすれば、78億分の1のパターンの1つでしかないからです。キャッチーなタイトルを付けることで多くの人に見てもらうことが目的で「成功するやつは〇〇だ!」と付けているのであって、もちろん万人に当てはまる訳ではないことは容易に想像が付くでしょう。

2.それでもサンプル数が多ければ参考にはなる

 それでも多くのサンプル数を集めてデータの法則性を見出している情報はためになることもあるかも知れません。しかしそのような情報は論文を見ればいいのであり、動画でわざわざ時間をかけて見る必要はなかったりします。情報摂取の速度に拘りがある人は動画を全く見ていません。恐らく動画を見るポイントはそこではなく、映像の作り方、話し方、注意を向けてもらうにどうするかといった視点で見るのがスタンダードなのかなと思っています。

3.自己啓発動画をそのまま受け取り過ぎない

 ただ最近は自己啓発動画が大変流行っていることに少し危機感を持つようになりました。このような動画を見続けて知識を得たと思っている自分がいるのです。上記にも書きましたが、これらはあくまで個人の体験談であり、知識ではありません。極めて限られた事例の一つに過ぎません。そのような体験談をひたすら摂取し続けた結果自分が意図する人生を歩めるのかどうか考えた方が良いのではないかと思うようになったからです。人工知能のように億単位のパラメータを設定できれば、ある程度法則性は見出だせるかも知れませんが、それには膨大なデータが必要です。恐らく自分に必要なのはいかにしてデータを集めるか、それを使って正しい分析ができるかということに尽きるのではないかと思っています。たぶんここに書いた体験談の1つであるという事実は他の方も重々理解されていることと思います。本来は大枠のデータを見てから、法則性を見出し、個別の体験談を聞くという順番があるべき姿だと思うのですが、なぜか多くの人はひたすら個別の体験談に耳を傾け続けているように思います。それを考えると『私は、以前〇〇という失敗をしたので次回からは☓☓という行動をして、同じ失敗をしないようにしている』という理論も個人の体験談の延長なので、あまり良い改善では無いように思ったりしています。

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1.体を大切にしてはいけない。

 今日は結果を出すまでにプロセスについて書いてみたいと思います。私はよく周囲から「体は大切にしなさい、体さえ元気ならどうにでもなる。」という助言を受けます。しかし私は最近これは「間違いなのではないか?」と思うようになりました。ある程度結果を出している人たちを見ると、全然体を大切にしていません。死ぬ間際までに追い込む人がほとんどです。もちろん自分なりに栄養に気を使ってみたり、ランニングをしたりと体のメンテナンスはしている人はいますが、自分がフォーカスした努力に対しての入れ込みようが尋常ではない。

2.努力の最低条件

 あえて過激な表現で書きますが、努力の最低条件は「自分が死ぬんじゃないか?」と思うほど追い込むのが最低条件のようです。一般の人からすると「本当に死んだらどうするの?」とか、「体を壊したら元も子もないじゃないか。」と思うかもしれませんが、そういう人達を見ているとある種、「最悪、死んでもいい。」くらいに割り切っています。こういう話を聞いているとそもそも根本的に考え方が違うんだなと思うのですが、人生を変えるためにはそういう経験は2回か3回くらいは必要とのこと。

3.自己満足の努力の先に結果はない。

 そういう意味でいうと「今日はよく頑張った!」と思って終わっているうちは全然余裕があるということなので、まだまだ追い込みが足りないということなのかもしれません。私が言われたのはこういう成功哲学のようなことを書いているうちは全然駄目とのこと。無意識に毎日倒れるまでやれるようになって初めて努力と呼べるものになるそうです。逆に言うと書いてるうちはまだ自分を鼓舞しなければやれないということらしいです。できる人って成功哲学とかにそもそもあまり興味のない人が多くて、「普通にやったらできるでしょ?逆にどうしてできないのか教えてほしい。(小馬鹿にしたいのではなく、純粋に教えて欲しいという意味で)」という人の方が多い気がします(もちろん仲良くない人にそれを口にする人はいませんが)。

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