1.目線の位置を変えると善悪が逆になる

 今日は会社で働く上での「目線」について考えてみたいと思います。一般に会社で働く場合、1つ上の目線で物事を見るようにすると、全体が俯瞰して見ることができ、組織に良い影響を与えるとされています。アルバイトは社員の目線、社員は課長の目線、課長は部長の目線、部長は…。といった具合にそれぞれが上の人の考えを意識することで、正しい判断を下し、仕事を覚える範囲も広くなるというものです。例えば前回の記事で書いた「給与を上げる」という事柄についてもいち社員として見れば善でも、課長という部署全体の人件費の管理に責任を負う立場になると、部署全体の人件費を一定の予算内に収める必要があるため悪となります。

2.では限りなく視野を広げるとどうなるか?

 ではもう少し視野を広げて組織の枠を飛び越えるとどうでしょうか。例えば以下のような概念です。

日本全体→給与が上がらなければ税収が上がらないため、国防、公共サービスなど様々なものが質の低下を招くため、給与を上げることは善
世界全体→世界各国が給与が上がれば、税収が貧困国へのサポートに流れるため善
宇宙全体→???

このように目線を高くすればするほど、だんだんと意味がよくわからないことになってきます。恐らくこれを考えることにあまり意味があるとは思えません(仕事上でスムーズに組織が回るという側面はあるかと思いますが、思考の対象による)。

3.原理原則に沿った組織の仕組み作りをする。

 話は変わりますが、こと組織作りをする時は原理原則に従って作るのがセオリーです。原理原則といっても、学問によって違うのですが例として経済学を取り上げてみると「人間は合理的な選択をする」というものがあります。自分が勤めている会社よりも給与の高い会社があればそこへ転職するし、仕事はなるべく短い時間で終わりたいし、できることなら楽をして報酬をもらいたいと考えるものです。もちろんそうでない働くことが生きがいの人もいるでしょうし、報酬の高い低いは関係ないという人材もいるでしょう。しかし「そんな奴はうちの会社にはいらない。」と断じてしまうのはあまりにもったいないと思っています。人間とは元来そういうもので、世の中の会社はそういう人達が沢山入ってきて組織が形成されているという現実に目を向けるべきです。自分の組織に合わせてくれる人材ばかりを求めていては、変化に強い会社は作れませんし、母集団の大半がそのような考えなら、どんなに採用フィルターを工夫しても、会社が大きくなればなるほどそのような人達が入ってきます。

4.報酬と余暇を与えないのではなく、与えた結果それでも組織にプラスになる仕組み

 本来、会社の経営を考えた場合、給与を上げるという選択はなるべく取りたくないものです。それによって多くの組織がやってしまいがちなのが言葉で納得させようとするものです。年功序列の秩序を説いてみたり、社員の生み出す付加価値の説明をしたり、色々と理由を考えて説得を試みるものです。しかし社員側は実際に払ってくれる、もしくは休ませてくれるかどうかが大切なのであって、理由にあまり興味はなかったりします。つまり経営者側がどういう行動を取るかだけを見ているということです。逆に言えば、しっかりと報酬を払い、余暇を与える経営者は信頼を獲得しやすいとも言えます(もちろん業績という数字からは逃れられないので、何か利益を確保するための具体的な手を打つ必要がありますが)。そのような仕組みを知りたいと考えている経営者の方はキーエンスや未来工業などの相反する報酬と余暇を高いレベルで社員に与えている会社を研究して、組織に組み込めばいいだけです。ただ多くの社員は報酬や余暇をより多く得るためにあらゆる努力、工夫をするので、そこを軸に仕組みを考えてみてはいかがでしょうか?